
20世紀初頭、パリが文字通り“芸術の都”だったころ、世界中から集まってきた若い芸術家たちは、共同アトリエ兼アパートに住みつき、貧困の中で創作を続けていました。
もっとも有名な共同アトリエといえば、1904年からピカソが住んでいたモンマルトルの「バトー・ラヴォワール(Bateau Lavoir洗濯船)」。
1970年に火事で焼失し、当時の面影はほとんど残っていませんが、現在もアトリエとして貸し出されているようです。
パリで最も古い共同アトリエは、パリ南部の静かな住宅地15区にあります。
1903年に設立され、今年100歳を迎えた「La Ruche(ラ・ルーシュ)」です。
現在も、13国籍約60人の芸術家が住み、そのジャンルは画家に造形芸術家、舞台演出家、作家、映画関係者と多岐にわたっています。
暖房設備はなく、水道も共同という恵まれた環境ではなかったそうですが、当時の芸術家にとっては、アトリエを持ち、しかも低家賃で住居を得られるだけで十分なこと。
画家のシャガールやフェルナン・レジェ、彫刻家ザッキンらがここを住みかとし、モンマルトルからモンパルナスに移住していた画家モディリアーニや詩人アポリネールらもしばしば顔を見せたようです。
「ラ・ルーシュ」は、20世紀初頭の芸術運動を支えるとても重要なピースであるといえるでしょう。